
夏の風物詩として多くの人に親しまれている「阿波踊り」。その起源は四百年以上前にさかのぼります。1586年(天正14年)、徳島藩主・蜂須賀家政が徳島城を築いた際、城下町完成を祝って町人や武士に酒を振る舞ったところ、人々が陽気に踊り出したのが始まりとされる説があります。また、お盆の精霊踊りや、念仏踊り・風流踊りといった庶民の踊りが発展したとも考えられており、複数の要素が重なり合って現在の形になったといわれています。いずれにしても、阿波踊りは徳島の地で人々の心を解放し、祭りを通じて地域を一つにするエネルギーに満ちた踊りとして育まれてきました。
この徳島の伝統芸能が、東京・高円寺にやって来たのは1957年(昭和32年)のこと。当時の高円寺商店街は集客に悩んでおり、夏の目玉となるイベントを模索していました。そこで目をつけたのが、にぎやかで人々を惹きつける阿波踊りでした。最初は地元の商店主や住民が見よう見まねで始めた小さな踊りでしたが、次第に徳島との交流が深まり、本場の踊り手を招いたり指導を受けたりすることで、本格的な「高円寺阿波おどり」へと発展していきました。
今では毎年8月下旬に開催され、2日間で1万人を超える踊り手と100万人以上の観客が集まる一大イベントに成長。徳島と高円寺、それぞれの阿波踊りが互いに影響し合いながら、文化の普及と継承に大きな役割を果たしています。
私自身も2025年8月24日、家族で高円寺阿波おどりを見に行ってきました。提灯の明かりに照らされた商店街を、浴衣や法被姿の踊り子たちがリズムよく舞う光景は圧巻で、観客も一体となって祭りを楽しんでいました。子どもたちも笑顔で手拍子をしながら見入っており、地域に根付いた文化が次の世代へとしっかり受け継がれていることを肌で感じました。
阿波踊りは「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」という有名な掛け声のとおり、見る人も踊る人も一体となって楽しめるお祭りです。徳島で生まれた伝統が高円寺で花開き、地域を元気にする原動力となっていることは、私たちにとって誇りであり、これからも守り続けたい大切な文化といえるでしょう。